2015年06月17日

【とうらぶ】


※注意※

うっすらみかつるでいずむつでみつくりをほんのり意識。
ただし無理やり感ある。
とある本丸の実録を盛り込んだ謎の構成だけど、肝心の実録はない。
色々捏造してる。
オリジナル本丸設定。
謎のナマモノ審神者。
口調などない(特に土佐の彼)。
変なところがあっても知らない。
捏造してる。
捏造してる。
壮大な主観。

捏造してる。

其の四はない。


※オリジナル本丸※
その本丸に顕現するのは一度きり。刀解して大元に分霊を還したり、破壊されると、もう二度と顕現しない。



見上げたその先。
静かに白く輝くそれは、実に見事な三日月だった。


■其の壱

ぼよぼよ、ばよばよ。
言葉に出せばそんな妙な音。謎の妙な音は、賑やかな笑い声で溢れる、騒がしい庭先でも一際異質な音を放っていた。

その庭先に向かって、ドタドタと、敷板を踏み鳴らしながら走ってくる人影一つ。人影は、賑やかな声と異音の響く方を見やると、さっと縁側に降りその輪に向かう歩幅を広げる。
「待ちやー!?鶴丸、おんしゃー何しよりゃー!!??」
ひどく訛った絶叫が響いた。

「よぉ陸奥。何って、主殿が教えてくださった「ばすけっとぼおる」なる遊びだぜ。君もやるかい?」
鶴丸と呼ばれ、ふいと振り向いたのは白。
髪も、肌も、身に纏う装束すら、上から下まで、その井手達全てが真白い男は、望月を写したような金の目を細めてカラカラと笑った。
「おお、じゃーわしも…って違う、そうがやない!!おんしが手に持っちゅうそれぇえ!!」
陸奥と呼ばれた訛りの強い青年は、鶴丸が手に持つ、白い玉を指さして震えている。
一緒に遊んでいた、短刀たちの視線がそれに集まる。シンと静まりかえる中、その白い玉がもぞりと動いた。

「人を指さしちゃいかんぞ。」

喋った。

「・・・・・・・・・・あああああああああああああ主様ああああああああああああああ!!!???」

悲痛な悲鳴。
刀剣たちの絶叫は、高く澄み渡る空を裂いていった。


「で?主殿と鶴丸は?」
「仲裁役に石切丸殿を加えて、陸奥君がお説教只中だね。」
バサリと洗い立ての布が翻る。
その面倒見の良さ故なのか、ただ好きなだけなのか、主が使役する式神とはいえ、世話役の者たちもいるというのに、気付けば自ら家事諸々をかってでていた燭台切光忠。
手際よく布を干し、しわを伸ばすその後姿を、縁側に座り込んで眺める和泉守兼定がだらだらと聞けば、燭台切は肩を竦めて返事を返した。
「はぁ、むっちゃんも大変だな。近侍とはいえ、あの言うこと聞かねぇさぷらいず爺と、まして主殿に説教たれる羽目になるなんざぁ…。」
和泉守がやれやれと頭をかけば、そうだねと燭台切が穏やかに同意した。
向こうの方から訛りの強い、空しい叫びが聞こえてくる。説教に飽きた鶴丸国永が、審神者と結託して、陸奥守吉行をからかっているのだろう。
陸奥守は、まだ暫くは戻ってきそうにない。
「あー…むっちゃんに手合せ頼もうと思ってたんだがなァ…。」
和泉守は深く溜息をついた。

遡ること江戸時代末期。かたや新撰組副長・土方歳三の、かたや大政奉還・倒幕運動の尽力者である坂本龍馬の刀。
共に相容れない存在であるが故に、和泉守が「上」から本丸に降ろされた直後は、緊迫した気配が常に本丸を支配していたものだ。
今ではすっかり打ち解け、買い出しにも連れ立って出かけるほどになり、鶴丸の言葉を借りるならば「こりゃぁ驚きだ」であるが、それには、審神者や周りの刀剣たち、他ならぬ陸奥守自身の努力もあったが。
「まぁ…あの様子だと暫く帰ってこないだろうね。何なら僕が手合せの相手をしようか?」
ぐだぐだと転がる和泉守を見兼ねた燭台切が、最後の洗濯物を干し終えて小首を傾げる。
「え、あんたは小言が鬱陶しいから嫌だ。」
「それは酷くないかい。」
あんた、そんなんだから大倶利伽羅がいつまでも降りてこねーんじゃねェの?と欠伸をする和泉守の頭に、それはそれは強かに燭台切は拳を打ちつけた。



■其の弐
「やぁ、あんなに大騒ぎして…おまけに雪まみれじゃないか。子供は本当に元気だね。」
「…………。いい年した大人もチラホラ混ざってるがな。」
庭先で雪合戦をする短刀らを眺めて、微笑ましいと見えている片目を細めた燭台切の横、褐色の肌と、燭台切と同じ金の瞳を持った男が、とてつもなく不機嫌そうに呟いた。
「あっはは、全くだね。おまけに一人は石切丸殿や今剣に並ぶ御老体ときたもんだ。あれを見ていると、まるでこっちの方が年食ってる気分になるんだよね。」
そう思わないかい?と眼帯に隠されていない視線を寄越せば、褐色肌の男、大倶利伽羅は「別に。」と、庭先に視線をちらりとも寄越さないまま吐き捨てた。

石切丸と今剣は、共に同じ刀工である三条宗近の鍛えた刀剣だ。打たれた時代は平安時代にまで遡り、今剣などは途中で打ち直され、短剣へと姿を変えたと伝えたれはしているが、それでもその齢・歴史は千を超える。
それとほぼ時を同じくして打たれたのが、三条宗近の弟子筋に当たる五条国永作の、鶴丸国永である。
人形を得て、何がどうしてそうなったのかはわからないが、随分と若々しく美丈夫に顕現したとはいえ、千を超える歴史を持つ刀が、幼い容姿の短剣たちにまじって、やいやいと跳ね回る姿は何とも言えないものがある。
「普通にさ、大人として短刀たちと一緒に遊んでやってるのならまだ判るんだけど。」
燭台切は手の中の湯呑みを、意味もなくくるくると回す。
「いい年した連中が、完全に本気合戦やってるのを見るのは中々にこう…ね。加州君なんて陸奥君殺しにかかってるじゃない。」
暖をとるための火鉢がぱちりとはぜた。
「どうでもいい…。」
大倶利伽羅が鬱陶し気に呟く。
「ただ。」
「うん?」
「鶴丸のあれは…。」
「うん?」

グッシャァ。

大倶利伽羅の言葉を促す燭台切の視線の先で、その大倶利伽羅の顔面真中に、実に見事に雪玉が飛んできた。
「こりゃあすまない倶利伽羅、ちょいとばかり手元が狂っちまったぜ!驚かせるつもりはなかったんだがなぁ。」
嘘だな。と燭台切はその雪に溶け込んでしまいそうに白い鶴をうっそりと見ながら思った。ちっとも悪いと思っていない、この嬉々とした表情よ。これは間違いなく…。
「……………………!!!」
大倶利伽羅はおかんむりだ。
べしょりと、大部分は落ちたものの、まだ鼻先などにそろそろと残る雪はそのままに、大倶利伽羅は怒りの形相をおさめることなく立ち上がり、荒々しく襖をあけて、奥へと行ってしまった。

「いやぁ、参った参った。あれは流石にあとで謝らんとだめだなぁ。」
愉快そうに肩を震わせる鶴丸を、燭台切はため息をつきながら諌めた。
「あのね鶴丸…もうちょっと空気を読もうよ。今のは完全にわざとだったでしょう。おかげで倶利伽羅が言おうとしていたことが聞こえなかったんだけどな?」
「おや、それは残念だったなぁ?」
ひょいと肩を竦める鶴丸に、嗚呼こちらの話をきいていたのかと合点がいく。大倶利伽羅の言葉を遮ったのだ。全く…と眉間にしわを寄せながら、それで?と問を重ねる。
燭台切の言葉に、鶴丸が僅かに片眉を跳ね上げた。
「おいぃい!!鶴丸おまさん、しゃんしゃんもんてこんかいぃいい!?加州と兼のやつ、本気でわしを殺しにきちゅぅうううどああああああ!?」
「はっはっは!そぉら、むっちゃん、目潰しだぁああ!!」
その空気を割って、突然の悲鳴。陸奥守が加州清光と和泉守から、雪玉の集中攻撃を受けて逃げ惑っている。
加州の拒絶もあり、陸奥守は加州がきたばかりの当初ギクシャクした関係だったが、最近は和泉守同様、それなりに仲が良かった。
しかし、腐っても、かつての敵同士の刀。
こういう場になるとそれが表面に出るのか、加州と和泉守の目の色が変わっていた。
怖い。
「はっはっは、陸奥、君ならなんとでも切り抜けられるだろ!ここは一つ、疲れたジジイに若い驚きを提供してくれよ!」
燭台切の隣に腰掛けた鶴丸が愉快そうに言葉を返す。
陸奥守の絶叫と悲痛な罵倒が聞こえてきたが、くえないジジイはニヤニヤと笑いながらそのさまを眺めているだけだった。

「さぁて、燭台切。なんだったかな?」
ニヤついた笑いを浮かべたまま、鶴丸が隣の燭台切に向き直る。
その様にふぅとため息をついた燭台切は、見えている片目を眇めて、小首を傾げながら鶴丸に問いかけた。
「君、寂しいのかい?」
「……………は?」
たっぷりの間。ぽかんと、その金色の瞳を見開いた鶴丸は、ようやくといったように、一言だけ返した。
「誰かを待ってるんでしょう?僕が倶利伽羅を待っていたように。倶利伽羅はあれで聡い子だよ。鶴丸、君の様子に気付いているようだったね。僕が気付かないと思ったかい?かつて君とは、入れ違いに伊達家を離れてしまったけど、それ以前、倶利伽羅の傍にいたのは僕だよ。倶利伽羅の思ってることは伝わってくる。」
わかってるよ?と続けた言葉に、鶴丸は何も言わず、陸奥たちに視線をもどした。
「鶴丸。」
更に問いかけようとする燭台切を、すいと手をあげることで制する。
「全く、燭台切…君に驚かされる日が来るとはなぁ。いいねぇ、こういう驚きも嫌いじゃないぜ。」
くつくつと笑い、しかし鶴丸は燭台切を見ようとはしなかった。
「ま、だが君の問いには『知らん』と答えておくかなぁ。」
その言葉に燭台切は目を細める。言外に余計な詮索はするなといっているのだ。
鶴丸、ともう一度名を呼ぼうとした燭台切を、今一度制して、鶴丸は今度こそその場を離れてしまった。
戦線復帰といわんばかりに、和泉守と加州の後ろから雪玉を投げつけている。
遅いと叫びながらも嬉しげな陸奥と、卑怯だと叫ぶ和泉守と加州に笑いかける鶴丸の横顔を眺め、燭台切は肩をすくめると、怒り心頭で去っていった大倶利伽羅のあとを追った。


■其の参

『敵方に新たな動きがあった。次の時代を遡り、彼の敵を討つべし。企てを阻止せよ。』

そう、「上」から審神者に命が下されたのは、鬱陶しく雨の降りしきる日だった。
「と、いうことらしい。近々出陣になるな。陸奥守吉行。皆を集めてくれ。」
「おう、まーかせちょけ。」
後ろに控えていた陸奥守に伝えれば、応と答えて立ち上がり、バタバタと忙しない音を立てて出ていく。
その後ろ姿に転ぶなよと声をかけ、ぼよぼよと謎の浮遊音を纏って浮かぶ、魂形の審神者は、うっそりと昏い雲が広がる空を見やった。

「此度は新たな時代への出陣となる。第一部隊は戦支度を。なお、第二・第三部隊も支度をしておけ。鎮圧し二度と入り込めないように結界をはったはずの時代に、再び彼奴等が出現している。わしの力不足と言われればそれまでだが、何せ妙な企みは潰さねばならん。第二・第三部隊はそちらへ向かえ。」
さわりと場がざわめく。
封じたはずの時代に何故また?と、各々の表情が曇る。決して力が弱い審神者ではない。何らかの要因はあるだろうが、審神者の力を凌駕するほどの何かとなると、果たして自分たちの手におえるのだろうかという不安。顔を見合わせる刀剣たちをスイと見つめ、審神者は低くも強い意志を見せる声音で語った。
「お前たちの不安も然りだ。だが、彼奴等の謀は、なんとしてでも食い止めねば。わしの力を凌駕しているナニかも、今一度出向かねば判らぬだろう。お前たちには苦労を掛けることになるが、よろしく頼むぞ。」
その言葉に、応と答える刀剣たちの声に、審神者はこくりと頷いた。

「第二部隊は、獅子王、隊長を務めよ。第三部隊は鯰尾藤四郎を隊長に。よろしく頼む。」
審神者の言葉に、獅子王がよっしゃ!と拳を握りながら任せろと答える。鯰尾も不安げに骨喰に視線をやったが、己の刀を握り、わかったと頷いた。
「さて第一部隊についてだが。此度の隊長は、鶴丸国永、おぬしが務めよ。」
「ん?俺かい?」
続いて下された審神者の言葉。それを聞き取った鶴丸は、はてと小首を傾げた。
「こりゃあ驚いた。隊長を仰せつかるのは誉だが、俺たちが飛ぶのは新たな時代だろ?指揮統率は陸奥の方が適任じゃあないかい?」
それまで第一部隊の隊長は陸奥守が務めており、鶴丸自身は副隊長として、その補佐に回っていることが多い。副隊長たるもの、隊長の動き・指揮を良く知り、よく読み、広き視野で物事を見据えておく必要がある。故に、隊長のすべきことがわからないわけではない。ただ、ことが事、何かあったときは陸奥守の方が適切な判断を下せると踏んでの進言であった。
しかし、鶴丸の言葉を聞いた審神者は少し下を向き、やがてゆっくりと否と示した。
「鶴丸国永の言うことも然り。だが此度に関しては、陸奥守吉行は出陣はさせない。陸奥守吉行には近侍として、わしの傍についてもらう。」
「な…!?」
審神者の言葉に、ぎょっとした声音を響かせたのは、意外にも陸奥守ではなく、和泉守だった。
「むっちゃ…陸奥殿が最前線から外れるたぁどういうことだよ!陸奥殿は俺らの中でも一番練度がたけぇんだぞ!陸奥殿抜きで、どうやって次の時代を鎮圧すんだよ!」
和泉守の言葉に、審神者と陸奥守は、静かに顔を見合わせた。
「和泉守兼定…おぬしの言葉もよく判る。だが、此度はいつもの出陣とはすこぅし違うのだ。遡行軍の動向が明確に掴めない状況にあり、加えて不穏な動きが多すぎる。それにも関わらず、「上」からの情報も少なく期待できない以上、手を拱いてここで小さくなっているわけにもいかん。だからこその大規模出陣だが、万が一この本丸が襲撃されんとも限らん。故に、陸奥守吉行には本丸にて待機してもらう必要があるのだよ。」
審神者の言葉に、和泉守はグッと言葉を詰まらせ、審神者の隣に座す陸奥守に視線をやる。
「なんちゃーがやない。和泉守殿、ここはわしに任せて、思いっきり暴れてきーや。」
に、と笑う陸奥守に、和泉守はそうじゃねぇよ…とブツブツ何かを呟いたが、それ以上は何も言わなかった。

「では主殿。陸奥殿の代わりに何方が第一部隊に?」
抑揚のない、太郎太刀の声が静かに響く。
現代においては祈りのための神刀ではあるが、本丸におろされて後、戦場におけるその巨大な大太刀の一閃は、遡行軍の猛者を易々と地に還し、誉を重ねた大太刀は、あれよあれよという間に最前線における大きな戦力となった。
「うむ、それは大倶利伽羅に頼もうと思っている。燭台切光忠、そなた大倶利伽羅とは旧知であったな。すまないが、大倶利伽羅をよろしく頼むぞ。」
「な…俺だと…?」
突然の指名に、大倶利伽羅が身を強張らせる。
それを様子を認めつつも、燭台切に向かって頭を下げた審神者だが、燭台切はいつもの穏やかな態度を一変させて審神者に食って掛かった。
「主殿、一寸待ってもらえるかな。倶利伽羅はまだ練度が高くない…新しい時代、どんな敵が待ち受けているかも判らないよね。そこに倶利伽羅をつれていくというのはいかがなものかと思うんだけど。」
わずかに震えさえしている燭台切の声音に、審神者は少し俯いて考えているようだった。
「まぁまぁ落ち着いとおせ。あいつは十分に強いやか。確かにわしらぁよりは練度は低いかもしれんが、あいつはそれをよおわかっちゅう。無茶な突撃はしやーせん。」
見かねた陸奥守が審神者に助け舟を出すが、燭台切は止まらなかった。
「陸奥君、君は黙っててくれない…?主殿の言うこともよくわかってるけれど、僕はそれでも納得がいかない。何が起こるかわからないんだ。倶利伽羅を無理にでも最前線に投入するのであれば、僕は主殿に刃を向けることも厭わないよ。」
「おい、光忠!!」
「な…、燭台切!!おまさんそりゃぁ流石に聞き捨てならんぜよ!!」
燭台切の普段見せないその殺気に、大倶利伽羅が声を荒げ、陸奥守が立ち上って燭台切の胸倉を掴む。
騒然となる周りを見つめ、審神者はぐ、と眉間にしわを寄せたが、やがて静かに陸奥守吉行。と陸奥守を呼んだ。
「燭台切光忠の言うことも最もだ。わしは急くあまり軽率に考えていたらしい。陸奥守吉行よ、先の命を撤回する。第一部隊として、新たな時代に飛べ。」



■其の四

−−−。



■其の伍

「主殿。」
「…。」
「主殿、ここのところ連日決行連日失敗じゃあないか。一体何をおろそうとしてるんだい。」
祈りを奉げる審神者の後ろに座したまま、鶴丸がその金の目を細めて問う。
「喧しい。気が散るので黙っておれ。」
その問いを、審神者はただ両断した。
ぐ、と押し黙る。膝の上で握った拳が僅かに震えた。本来は明るく澄んだ金の目が、胡乱げに細められ、昏く翳ったのを、審神者は知ることなく、ただひたすらに祈り続けた。


「三日月宗近…?」
その言葉に、石切丸、岩融、今剣はふと顔を見合わせた。
「彼の太刀を主殿が呼ぼうとしていると?」
石切丸の言葉に、太郎太刀が是と応える。
その隣に座す次郎太刀もそれに習った。

「それも、鶴丸のためにと。」
「何…?」
太郎太刀の言葉に、石切丸が眉をひそめる。
「鶴丸の待ち人が、恐らく彼の太刀だろうってのは、皆が知ってることだけど、それは元々主にも伝わってた。むっくんの件以降、鶴丸は様子が可笑しいわ。主は自分ではどうしようもできないと、だからせめて彼の太刀を呼んでやりたいと。そういってた。」
次郎太刀がいつもの豪胆さを忘れさせるほどに項垂れながら、細々と事の経緯を語る。
「だがそれは今いまは逆効果ではないのか。俺が来た時ですら、鶴丸は良い顔をしなかった。青褪めてすらいたぞ。」
岩融が顎に手をやり、考え込むようにぼそりとつぶやく。名を呼び、心配げに覗き込んでくる今剣の頭をなぜて、低く言葉を続けた。
「俺は来てまだ日が浅い。そこまで鶴丸と親しいわけでもなく、陸奥守殿の最期も伝え聞いただけだから詳しいことは判らん。が、和泉守や燭台切が言うには、陸奥守殿の件が心の傷になっているのだと。また同じことを繰り返すのではないかと、酷く恐れていると聞く。」
岩融の呟きに、石切丸が俯いてつづけた。
「実はここのところ、鶴丸の内にじわりとした澱みを感じることがある。恐らく、主殿と己に対する不信からだろうが…まだ小さな澱みではあるが、このままおいておくには危険すぎる。」
下手をすれば向こうへ堕ちる…と言外に言い含めた石切丸の言葉に、その場にいた刀たちは沈黙を落とすしかなかった。


「わっ!!」
良く通る声が、己の爪の具合を見ながら歩くその背に音の玉となって投げつけられた。
「ヒッ…!?」
それにびくりと身を震わせたのは加州清光。わなわなと拳を震わせてカッと振り返ったその視線の先。居たのは想像するにたやすい、サプライズ爺こと、鶴丸国永である。
「あっはは!驚いたかい?」
毎度いつものノリだ。この本丸に来て以降、飽きもせず繰り返されるこの驚かし。しかし油断しているときに限って、音もなくやってくるこの爺に、何故か変わらず驚かされる刀たち。皆様々に驚きを返し、その驚きを受け取る鶴丸の嬉しげな様子といったら…。いい年をした爺が子供のようにはしゃぐのはある意味滑稽だが、突然驚かされて怒りはするも、その晴れやかな笑みに、やがて毒気を抜かれたように、全く仕方ない奴だと皆笑うのだ。

加州は鶴丸とのそんなやりとりが好きだった。
この本丸に来た当時、近侍である陸奥守とギクシャクと仲がうまくいかなかった頃、よく世話をし構ったのは、意外なことに鶴丸だったためだ。
だから、そう、いつもと同じその笑みが、振り向いた先にあると、そう、思っていた。
振り向いた先に見たそれに、加州は怒りの表情を困惑に変える。
「…つ、鶴丸サン…?」
鶴丸に、あの晴れやかな笑みは無かった。あの美丈夫がどういうことだと言わんばかりの酷い顔。目の下にできた隈は濃く、元より白い肌は、今や病人のように青白い。金の目は昏く翳り、浮かべているのは薄笑い。ぶるりと震えた加州に、ほんのわずか、薄笑いを悲しげな笑みに変えて、鶴丸は聞きたいことがあるんだが?と小首を傾げた。

「え…、おろそうとしているもの…?」
恐々と聞き返した加州に、そう。と鶴丸は頷く。
「主殿はここ最近、憑かれたように何かをおろそうとしてるだろう?まだ敵の勢いが衰えない阿津賀志山へも制圧のために何度も出陣しているというのに、刀装へ回すべき資材まで全てつぎ込んでる。そこまでして、おろそうとしているものが気になるんだがなぁ。近侍だというのに、聞いても教えてくれやしないんだぜ。全くもって驚きだわな。」
やれやれこんな驚きは求めちゃいねぇのになぁと肩を竦める鶴丸を前に、加州はどの回答が適切かを、必死に導き出そうとしていた。

主が三日月宗近をおろそうとしている。

それは、本丸にいる刀剣たちは把握していた。鶴丸を除いて。ただ、鶴丸は普段はあんな様子だが、頭は非常に回る。感づいてはいるだろう。しかし、確信を与えてはならない。石切丸や岩融たちの考えにより、本丸の中では三日月宗近のことは伏せるよう、通達がなされていた。
三日月宗近は鶴丸の待ち人であろうと言われてはいる。しかし、陸奥守の件以降、失うことに対して過敏になっており、且つ審神者に対する不信感を募らせている鶴丸に、そのようなことが言えるはずがなかった。
それを確信したときの、鶴丸の怒りは、恐らく尋常ではないだろう。

まだ制圧が完了しない時代がある。
加えて、敵の練度が異常なほどに上がり、こちらも尋常ではない被害を被っている。
本来であれば、その制圧を優先すべきではないのかと。優先すべきことを差し置いて、回すべき資源を別のことに費やし、一体どういうつもりだと。
俺たちを壊す気なのかと。
陸奥守吉行のように。

審神者は、傷つき折れそうになっている鶴丸を思い、待ち人と言われている三日月宗近をおろそうとしている。陸奥守を失った責は、己であるとわかっていたから。己の誤った判断により、陸奥守は消失した。
本丸に審神者が降りたったその日、初めて手にした刀である陸奥守と、その陸奥守と審神者とで、初めて呼んだ太刀である鶴丸。以来、互いで審神者を支え、そして互いを支え合って来た仲間である。
その最期を看取った鶴丸にとって、心の傷の深さは計り知れないものがあるだろう。そしてそれを招いてしまった己では、鶴丸の悲しみをはらってやれないと踏んだ審神者の心もわからいでもない。
だが、あまりにも盲目的になりすぎている。
今の鶴丸にそれが通用しないことを判っていない。
互いが酷くすれ違っていた。
何より困ったことに、審神者は刀剣たちの声に耳を貸そうとしなかった。ただひたすら盲目的に三日月宗近をおろそうと躍起になる姿を、石切丸はじめ、入れ替わり立ち代わり、刀剣たちが諌めたが、黙っておれ、喧しいを繰り返すばかりだったのだ。

「さぁ…俺も特に何にもきいてないんだよね。鶴丸サンと一緒じゃないかな。喧しいわって一蹴。あーあー、俺、愛されてないのかなぁ。」
そのような背景を抱え、一瞬が数時間にも思えるほどの思考の後、何気ない態度でそう言った加州は、己の言葉が誤っていた、正確には一言多かったことを悟り、震えた。
ぞろりと昏い瞳が、主がいるであろう部屋の方を、虚ろに睨んでいる。今の鶴丸にとって、その優劣は主より仲間の方がはるかに上だ。仲間が蔑ろにされる…そのことに対して過敏になっているのだろう。己の失言を内で罵りながら、加州は恐る恐る鶴丸の名を呼んだ。
「鶴丸サン…顔色が悪いよ。夜眠れてないんじゃないの…?俺…俺で良かったら話相手になるよ…?」
自分より高い位置にある鶴丸の、今は昏い目を見て呼ぶ。それを聞いた鶴丸は、一瞬呆けたようにその目を見開き、疲れたようではあったが、それでもようやく、加州の記憶にある晴れやかな笑顔を浮かべると、艶やかな黒髪をくしゃくしゃと撫でまわした。

穏やかで、静かな夜だった。
空に浮かぶのは望月。
それを見やりながら、その青白い手に持った盃をわずかに傾けた鶴丸は、ちびちびと酒を舐めつつ、冴え冴えとした月を見上げた。

「加州を怖がらせてしまったなぁ…。」
そう、ぼやく。
振り返ったあの一瞬、加州は困惑と同時に、酷く怯えた目をしていた。驚かせたいだけで、怯えさせたいわけじゃあないんだがな…と苦笑を浮かべて、舐める様に飲んでいた酒を一気に煽る。
「三日月宗近…な…。」
そうして零れた言葉、その目は、明るい月を見つめているにも関わらず、昏い影を纏ったままだった。

大凡の見当はついていた。
他の刀剣たちの様子を見るに、審神者がおろそうとしているのは、天下五剣が一振り「三日月宗近」で間違いあるまい。
「上」からの情報で、顕現が確認された例もあると聞いたことはある。審神者があのように盲目的になるのも無理はないだろう。
「しかしなぁ…彼の太刀を呼び出して、主殿はどうするおつもりなんだか…。なぁ、陸奥、君はどう思う。」
問いに応える声はない。
それでも鶴丸は、謡う様に問いかけ続けた。
「聞いてくれよ。先日の出陣でな、敵銃兵からの攻撃を受けて、兼の刀装が破壊されたんだ。随分落ち込んでたんだぜ。それに対して主殿がなんて言ったと思う。『今資源が足りていない。出来るだけこういったことは避けてくれ。』などとのたまった。驚きどころの騒ぎじゃなかったぜ。」


楽しげに語るその口元は、酷く歪だった。



■其の禄

「江雪左文字!!」

スパンという襖を勢いよく開ける音。
唐突に会話を遮って響いた声。
怒声だった。
その場にいたのは、三口の刀。
燭台切と和泉守。
その後ろに座す、江雪の目が驚きに見開かれる。

そこに仁王立ち…否、浮いていたのは、白い魂形を持った審神者だった。


「…?なんだ…。」
酷く荒れた声が本丸に響いている。
1人ぼんやりと縁側に座って庭を眺めていた鶴丸は、その声に眉を顰め、立ち上がった。


「この大馬鹿者が!!審神者をなめるなよ、お前たちを顕現させたのはわしだぞ!!隠せると思ったか!?お前たちの様子など手に取るようにわかるわ!さっさと手入れ部屋へいけ!わしの手を煩わせるな!!」
審神者は憤っていた。
声を荒げ、江雪を怒鳴りつける。落ち着いてと場をおさめようとする燭台切に対しても、何故早く手入れ部屋へいけと促さないのかとくってかかる。
「おいおい何事だい?穏やかじゃないぜ。」
そんな、捲し立てる様に叫ぶ審神者にかかる声。ひどく昏い気配を漂わせた鶴丸が立っていた。
「江雪は君に迷惑かけまいとしていただけだろう?それを頭ごなしに其処まで怒鳴るのはいかがなもんだい?」
「黙れ鶴丸国永!!」
鶴丸の纏う剣呑な空気をものともせず、審神者は怒りの声を静めなかった。
「以前より、傷を負うたら、それがいかに軽傷でも手入れ部屋へ行けとわしは申した!だが待てど待てど手入れ部屋に現れず、聞けばその傷を隠し、わしには内密になどと申したようではないか!気付かぬとでも思ったのか!わかっているだろう、肉の身に負うた傷は刀に返り、刀に負うた傷は肉の身に返る!人の子と違い、お前たちの傷は本体である刀を修復せねば直らんのだぞ!それを何よりも判ってい「落ち着いてくれ主!!」
鬼気迫るその様。絞り出すような声は絶叫とも言えた。その絶叫を和泉守が遮る。
「主、判ったから…判ったから落ち着いてくれ…。江雪、主の言う通りだぜ。手入れ部屋へ行ってこいよ。主も落ち着いて、江雪と一緒に手入れ部屋へ行って、傷を直してやってくれよ。」
和泉守の言葉に、審神者はまだ何かを言いたげに口を開いたが、ぐ、と押し黙った。
ほらと、促された江雪が僅かに狼狽える様を見せたが、やがて頷いて立ち上がった。仄かに血が香る。
「…主殿、ではお願いします。」
黙り込み、俯く主に声をかける。
暫しの沈黙の後、わかったと応えた審神者は、ふよりと浮かび、江雪を伴って手入れ部屋へと向かっていった。

「…あの人は不器用だ。」

2人が退室して暫く。ぼんやりと言葉を発し、場の沈黙を破ったのは和泉守だった。
鶴丸と燭台切が怪訝そうに和泉守を見やる。
「ああやって心にもないことを言って、焦る自分を隠そうとしてんだ。前に刀装吹っ飛ばしただろう?あの時の冷たい謂れにゃ傷ついたし心が冷えた。でもなぁ、あの人あの後、部屋に籠ったと思ったら、黄金宝珠の刀装誂えて俺に渡してきたんだ。すまんっつってな。」
何に対するすまんなのかはわからねぇけどと、苦笑しながら語る和泉守の言葉に、鶴丸が目を見開き、そいつぁ驚きだと、ぽそりといつもの台詞を口にする。
「全く…彼が何を考えているのか、僕にはわからなくなってきたよ…。」
燭台切がじわりと溜息を吐いた。
和泉守が肩を竦める。
2人を見ながら、鶴丸はふと、あの日の記憶を呼び起こした。


陸奥守を喪った日。

砕け散り、付喪神も消え失せ、残骸と成り果てた陸奥守を、一片もこぼさぬよう、大切に抱えて帰城した。先に報せを受け取っていたらしい本丸は、悲痛な空気に包まれていた。陸奥守をみとめた幼い短刀たちは号泣し、他の者も押し黙り、唇を引き結び、ただ拳を固める。
皆がそうして出迎えているにも関わらず、審神者はそこに姿を見せなかった。憤りと不審を感じながらも、帰還と戦況の報告に向かった第一部隊を迎えたのは、ひたすらに無表情の審神者だった。
部隊長である鶴丸からの報告を淡々と聞き、血に濡れて赤く染まる、鶴丸の陣羽織に包まれた陸奥守の残骸を受け取って、ちらと一瞥する。
そうして、判った、ご苦労だった。とそれだけをのべ、ひっそりと呟いたのだ。
「陸奥よ…なんと無様な…。」
…と。


鶴丸は激昂した。

太郎太刀たちに抑えられながら、落ち着けとかけられる声を振り切り、誰のせいでこんなことになったのだと叫び、審神者を糾弾した。
血を吐くようなその叫びを黙って聞いた審神者は、しかし何も応えず、今日はもう休めとだけ言って、陸奥守を抱えたまま奥へと姿を消したのだ。

思えば、物言わぬ姿になって帰ってきた陸奥守に、無様なと呟いた審神者の心情はわからないままだったが、和泉守の話をきいて、どこか合点がいったように、鶴丸は目元を覆う。
「確かに…判りにくいったらありゃしないぜ…。」
それに同意するように、燭台切と和泉守は苦笑するだけだった。




■其の七

「すこぅし…話を聞いてもらっていいかな。お前がわしを嫌っておるのは承知しておるから、何、戯言と思って、聞き流してくれるだけでいいのだ。」

いつにも珍しく弱い声音。
魂形の審神者は、そういってほんのりと微笑んだようだった。

諾とは応えなかった。
ただ、その声音がいつもよりだいぶんと落ち込んでいたようだったから、黙って、そこに座りこむ。
審神者が何かをぽそりと呟いたようだが、それが届くことはなく。審神者の可愛がっている猫が、もぞりと傍に寄ってきて、一声にゃあとだけ、鳴いた。


「わしは己のこの役目を嫌悪している。」
暫し続いた沈黙を破った言葉。それを聞いた鶴丸は思わず目をむいた。
そんな鶴丸の様子を感じ取っているであろう審神者は、素知らぬ振りで、こんこんと言葉を続けた。

「そもそもな、過去なんてものは本来触ることはできんのだ。」
「確かに現世ではすべてが大きく進歩を遂げた。100年200年前では夢物語、ましてやお前たちが造られた時代では考えられもしないような世界が広がっている。」
「だがな、どれだけ進歩を進化を遂げようとも、時を遡るなどということは、全く持って不可侵の領域なのだ。過去は変えられぬ。過ぎ去った事実を曲げることはできぬ。残せば見ることは叶おう。だが触れることはできぬ。そうあるべきものなのだ。そうでなければ世の、自然の理、根幹を揺るがしてしまう。」
「つまりわしは、我々は、その根幹を揺るがすような存在であるのだよ。」

深と空気が止まる。
暖かな昼下がりの縁側。いっそゆたりと寝転んで転寝でもしたいような穏やかな陽気であるのに、審神者と鶴丸と、1匹の猫を取り巻く空間は冷え切っていた。

「八百万の神々に連なるお前たち付喪神も、うすうす感づいているだろう。これは自然の理に反しているのだ。」
「我々の役目は歴史修正主義者どもの目論見を阻むこと。曲げてはならぬ歴史を曲げようとしている輩と戦い、歴史を守ること。なるほど、聞こえは良いわ。」
「だがな、彼奴等同様、時を遡り、触れてはならぬ過去に触れている時点で、既に理を曲げているのだ。」
「故に、検非違使の言葉は正しい。」
「そして神たるお前たちに、その咎を背負わせたのは、ヒトの偽善よ。」
「触れてはならぬ理に、ヒト如きが触れ、偽善を振りかざし、あまつヒトの身でもってして神を従えるなぞ…烏滸がましい…。」

そうして項垂れる審神者の背。
烏滸がましいなどという割には随分不遜な態度だよなぁ…とどこか他人事のように思うも、それを飲み込んだ鶴丸は静かに声をかけた。

「だが主。俺たちは刀だ。元より人の手で人のために造られた。刀は主が、振るい手があってこそだぜ。それに宿った付喪神である俺たちは、永きにわたって人と共にあった。主、俺は、俺たちは人の想いの形だと思っている。良かれ悪かれ。俺たちを付喪神たらしめているものこそ、人だと思うんだが。」

その言葉に、審神者はちらりと鶴丸を見た。

「左様。」
そう肯定する。
「故に、ヒトはそれを利用した。」
「ヒトのために生まれ、ヒトの傍にあり、ヒトの持つ数多の想いを受けて成ったお前たちに、頼まれもしないのにヒトの肉体を与え、『主』という名の枷で縛った。それが我々だ。」
振るう訳でもなく、「所有」すらしていないのに『主』などと滑稽なことよ。と審神者は自嘲した。

「ヒトの偽善と欲にまみれてすぎていた。それに気づいたとき、わしはこの役目に嫌悪したのだよ。」

おいでと、猫を呼ぶ。
呼ばれた猫は素直に審神者に寄り添った。その、あるのだかないのだか、よく判らない構造の棒のような手で柔らかな毛並みをふわふわと撫でる。

「時は移ろうものだ。わしとて、過去に戻りたいと、過去を変えたいと願ったことはいくらでもある。だが、本来は触れられぬず、そもそも遡ること叶わぬ。触れられず、二度と戻らぬからこそ、時の流れは貴いのだ。例えそれが、愚かな願いを抱いたものどもを止めるための戦だったとしても、それを同じヒトがすべきではなかった。」

「許せよ、鶴丸国永。」

ぽつりと微かな声が漏れた。


「恐らくもう、わしには新たな神は呼べぬ。」



■其の八

「此処最近、鶴丸は良く笑う様になりましたね。」
「えっ。」
「ゴッフゥ!?」
「ちょ、汚いなぁ!?」

そう、唐突に呟いたのは江雪左文字。
驚きの声を上げたのは一期一振。
飲んでいた茶を猛然と噴き出したのは、名指しされた鶴丸国永。
咎めて叫んだのは鶯丸。

昼餉も終わり、内番も遠征も出陣もない、穏やかな昼下がり。鶯丸に誘われて、鶴丸、江雪、一期一振は、のんびりと茶飲みを楽しんでいた。
大包平がいかに素晴らしいかを切々と語る鶯丸に、鶴丸が野次を飛ばし、それを一期一振がにこやかに見守り、江雪は黙々と茶を飲む。そんな流れからの唐突の冒頭である。

噎せる鶴丸と、そんな鶴丸に手拭いを叩きつける鶯丸を尻目に、一期一振は呆然と江雪を見遣る。
江雪に、なんですか?とゆっくり返されると、一期一振が恐る恐るといった様子で口を開いた。
「いえ…失礼なことを申し上げるかもしれないのですが、江雪殿、貴方は鶴丸殿を苦手としていらっしゃると思っていまして…その貴方が鶴丸殿のことを気にかけるのは珍しいと…。」
「ゲッホ、ウェッヘ…嗚呼酷い目にあったぜ…って一期一振、君、本人を目の前にしてそれはないだrぐぇ!?」
「!?う、鶯丸殿、ご老体に斯様なご無体は…。」
「ははは!大丈夫だ、僕よりは年下だし。さぁ江雪、この童は僕が黙らせておくから、気にせず続けるといい。」

鶯丸の先を促す言葉に、江雪は自身の手の中の湯呑みをじ…と見つめた。
「……ええ、仰る通り、苦手です。戦場に出れば、先陣切って流れを掴むだの言いながら突撃して、敵の返り血を散々に浴びるものですから血生臭いことこの上ないですし、退屈は心を殺すと、わけのわからない驚きを求めて年甲斐もなく騒ぎ、鬱陶しいばかりですから。あれで鶯丸殿と近い生まれとは…にわかに信じがたいですね。」
静かに並べたてられる言葉に、鶴丸よりも更に年上である鶯丸が違いないと笑う。鶯丸に羽交い絞めにされてもがく鶴丸は、些か堪えたようで、だから本人を目前にしてなんなんだと悲痛に叫び散らしたが、綺麗に流されてしまっていた。

「ですが。」
「ですが、嫌いではありませんよ。」
すい、と茶を飲み干す。
暴れる鶴丸が、ぴたりと動きを止めた。
「私は主力部隊に加えられてはいますが、最も練度が低い。加えて戦嫌いときています。部隊に加えられた当初、あの陸奥守殿の穴埋めということもあり、随分と動揺し、葛藤いたしました。そんな私を気遣ったのは、私とは真逆の鶴丸でしたから。」
「近侍として、部隊長としての務めもあったとは思います。ですが、戦好きの貴方にとって、私は退屈な存在だったでしょう。それでも随分と気遣ってくれました。感謝しているのですよ。」
おかげで今の私があります。と、江雪はまた茶を啜った。当の鶴丸はといえば、呆然とそれを聞いていたと思ったら、みるみる内に顔を真っ赤にさせて、何か言いたげに口をもごもごさせていたが、やがて両手で顔を覆ってしまった。
「おや、照れているのかい小僧。耳まで真っ赤にして、これは中々良い眺めだなぁ。」
「っんの…くそじじい!」
からかう鶯丸に、赤面したままの鶴丸の鋭い拳が飛ぶ。取っ組み合いを始めた二振りはそのままに、江雪は恐らく耳を傾けてあるであろう一期一振にいう訳でもなく、まるで独り言のようにひっそりと言葉を続けた。
「恐ろしかった。皆口には出しませんでしたが…少し前までの鶴丸は、随分と表情が昏く、眼も酷く濁って…いえ、それ以上に、付喪神としての神性が変質しかけてすらいました…。…恐ろしかったのです。」
零れたつぶやきに、一期一振はただ、そうですねと頷き、口汚く罵り合いながらも、何だかんだと仲良く鶯丸と笑いあう鶴丸を見る。
少し前の濁りがうそのよう…とまではいかないが、それでも随分と薄れていた。
かつて快活に笑い、皆の中心にいた鶴丸が戻ってきたようで。
まだ危うい域を脱したわけではないが、鶴丸の中で何かが変わったのであれば、濁りもそのうち消えるかもしれない。

このまま何事もなければいいのですが…と、一期一振は静かに願った。


■其の九

咆哮が響く。
先刻まで聞こえていた悲鳴は、逆に聞こえなくなった。

ギィン。
硬い音をたて、横凪に払った刃が、目前に迫る短剣を叩き落した。刀は振るいすぎて、到るところが欠け、最早折れる寸前ですらあるが、その白く細見の刀を構え、それでも尚ただひたすらに振るっていた。

その身は、白い衣が返り血だけではない其れに染まり、既に鶴とは言い難いものになっている。特に脇腹の傷が酷い。その手に携える刀身に走る、最も致命的な傷がそれであろう。どす黒くすら染まった衣は、その痩身には些か重いようだった。

「鶴丸国永!!こちらへ!!」

その痛々しいばかりの背に、審神者の怒号が飛ぶ。その声を聞き取った血濡れの鶴は、迫る打刀の払う一撃を後ろへヒラリと跳躍することで避け、審神者を背に庇いながら、開いた扉へと身を滑り込ませる。
鶴丸を捉え損なった打刀が態勢を立て直し、雄叫びをあげて突進するも、その目前で扉は固く閉ざされた。

ぶわりと浮かぶ印に、その扉が簡単には破ることができなくなったことを悟るも、その勢いを止めることが出来ず、打刀は扉に激突し、そのままぱきりと折れた。
しかし崩れ落ちる刀身の向こう。どろりと湧いて出た夥しい数の刀は、昏く落ちたその眼で印の浮かぶ扉を胡乱げに見つめ、やがて、一斉に扉へ向かって突進を始めた。

扉がみしみしと音を立てる。随分と強い印のようで、破れる気配はないが、鶴丸は己の依代を抜いたまま立ち尽くしていた。

「暫くはそれで保つだろう。鶴丸国永。こちらへ。」

かけられた声に、審神者の方へ向き直る。相変わらず糸目すぎて何を考えているか判らないなと、鶴丸は場違いに思う。
ふと周りを見渡した。
初めて入る審神者の部屋だ。鶴丸がこの本丸に顕現して以来、一度も入ったことのない部屋。近侍は入ることが許されていたこともあったが、陸奥守を喪って以降は、近侍である鶴丸も入ることは許されていない。
初めて入るその部屋は、南蛮渡来の調度品だろうか、変わった置物で溢れていた。本丸自体に、現世のものをしれっと持ち込む審神者だったが、この部屋にはそれ以上のものが置いてある。
今はそれどころではなく切迫した状況だというのに、驚きに目がない鶴丸は、素直に目を見張り、こりゃあ驚いたと、常套文句ともいえる感嘆の声を漏らした。

そうやって部屋を見回すうち、鶴丸は大きく透き通った箱を目にとめた。「え…。」と抜けるような声と、それに続く言葉に、審神者がぴくりと肩を震わせる。
「陸奥…?」
呆然と呟いたそれは、嘗て共に戦場にたち、そしてあの日散っていった陸奥守吉行の依代であった刀だった。
「陸奥…?君…ここにいたのかい…?」
その透ける箱へふらりと近づく。
陸奥守の砕けた依代は、あの日と変わらず其処にあった。よくよく見れば、その欠片を包むのは、あの日、陸奥守と共に審神者に渡した鶴丸自身の陣羽織で。
「主…これは…。」
震える声を抑えて、審神者に問う。審神者は暫く黙り込んでいたが、やがて、ふよ…と箱に近寄り、穏やかに話しかけた。
「陸奥、鶴丸国永がきたぞ。長く会わせてやれんですまんかったなぁ。」
応える声はない。欠片は物言わず、ただそこにあるだけだった。
もう一度、すまんかったと繰り返し、審神者はぽんぽんと、その箱をあるんだかないんだか、やっぱりよく判らない手で柔く叩く。鶴丸の問いには答えない。
「おい、主…。」
しびれを切らした鶴丸が、わずかに声音を鋭くして問う。しかし、それに返ってきたのは、問いへの応えではなかった。
「さて、鶴丸国永。わしの近侍よ。時間がない。わしはこれより自刃する。介錯を頼みたい。……まぁ…落とす首がないっちゃあないのだが…。」
「……は?」
当然といったような響きの、審神者の突然の言葉に瞠目する。
今何と言った?
呆然と立ち尽くす。依代が、握った手の震えでカチカチと鳴る。
「主よ、その言葉は聞き捨てならないねぇ…。何故逃げないんだ?俺がここで時間を稼ぐ。君はその間に奥の門へ走って現世に帰ればいいだろう?」
審神者の部屋から、本丸の奥深くに造られた、この本丸と現世を繋ぐ門へ続く通路があるのは聞いたことがあった。其処は審神者のみが通れる門だが、そこを潜りさえすれば、現世へと逃げのびることができる。自身はその時間を稼げばいいと訴える鶴丸に、審神者はふるりと顔を横に振った。
「先ほど、上から通達があった。この本丸と現世を繋ぐ門は閉ざされ、破壊された。門を悪用されぬためだ。もう現世へ戻ることは叶わん。」
後は、わしが利用されぬよう、死ぬだけだ。
そう、淡々と言う審神者に、鶴丸は呆然と言葉を返した。
「つまりこの本丸は、君は、上から切り捨てられたということかい?」
審神者が、ぐ、と言葉を詰まらせる。やがて俯き、小さな声で「左様。」と応えた。
「…わしを…わしを恨めよ、鶴丸国永。全てはわしのせいだ。」
絞り出すようなその訴えに、鶴丸は眉根を寄せた。
「以前、お前に話したな。わしがこの役目を嫌悪しておると。あれが上に知れた。わしは、異端分子なのだ。上にとって邪魔者でしかない。故に、新たな神も降ろせず、あまつこの本丸に彼奴等の侵入を許した。上は言うた。すみやかに果てよと。それだけだった。異端分子も、その異端分子が率いたものも不要ということだ。」
やがて血を吐くような呻きにも似たその声は、啜り泣きに変わったようだった。
「恨め…怨めよ鶴丸国永…決して、決して許すな…。ヒトの業を…お前たちを守れなかったばかりか、お前を禍津神たらしめようとしているわしを許すなよ。」
怨め、許すなと繰り返す審神者の言葉が、呪いを帯びる。新たな神を降ろせなくなったとて、されど審神者。付喪神たる自分たちを、ここへ降ろした、神降しをやってのけた人の子。その手の資質は十二分にある。言霊が呪詛となって辺りに満ちる。
纏わりつく呪いに鶴丸は体を震わせた。冷たく重く凝ったそれに、自身の神性が圧されていることに気付き竦みあがる。このままここで、呪詛に晒され続ければ、いずれ浸食された神性が歪み、禍津神へ転じるだろう。
「主…。」
ただ、ただ、唖然とするしかない鶴丸の呼び声に、突然審神者が大きく震えた。
「主!?おいどうした!」
纏わりつく呪詛の重さを振り払いながら、息をつめて蹲る審神者の傍による。
「いかん…。」
審神者はぼそりと呟いた。
「鶴丸国永、ここまでのようだ。もう一刻の猶予もない。」
そう告げ、いつの間にか手に持っていた短剣をするりと構えた。
「ちょ、待て主!!」
瞠目した鶴丸が、必死にその手を止める。
「案ずるな。信仰薄れた現世で造られる量産型の刃物だよ。付喪神が宿ることはこれにはあるまい。今剣のようなことにはならんさ。」
「違う主、そうじゃない!」
「喧しい!!」
審神者の言葉を否定し、尚も止めようとする鶴丸に、審神者は怒号を飛ばした。目を見張り、ぴたりと黙り込んだ鶴丸に、審神者は、ただ「いかんのだ」と、顔を横に振る。
「わしは『此方』へ来るとき、自らの肉体から魂魄だけを抜き、門をくぐってこの時と時の挾間にある本丸へとやってきておる。魂魄が抜け出している間でも、肉体と魂魄は繋がっている…それが断たれた。わしの肉体は、最早生きてはおるまい。そして肉体と強制的に断絶された『此方』にいるわし魂魄は、この澱みと呪詛に満たされた空間では、やがて異形に変わる。彼奴等の恰好の獲物となろうよ。食われるか、傀儡に成り果てるかはわからんがな。故に『此方』にいるわしは、『此方』で死なねばならんのだ…。」
さあ。と審神者が短剣を構え直す。
「本来魂魄には触れられんが、これはわしがこの日のために力を籠めた専用の短剣だ。後は鶴丸国永。お前の…かつて神社にも祀られていたと伝えられるお前の、その神性を纏ったその依代であれば、難なくわしを斬れよう。」
淡々と述べる審神者に、鶴丸の黄金の瞳が昏く光った。握った依代を、今一度ぎりりと握り直す。
「君は…俺に怨めと諭して、禍津神に成れと言いながら、そうやって俺に介錯を任せて、人として死にたいと言うのかい?」
ずるずると辺りを這う呪いが、鶴丸に纏わりつく呪詛が、神性を浸食しはじめたのか、明るい黄金の瞳が濁っていた。その目を見とめ、審神者はきゅうと口を引き結んだが、やがて「否。」と吐き捨てた。
「人として死ねるものなら死にたかった。だがもうこの身は人としては死ねんだろう。だからと言って、ここで異形へと転じ、彼奴等の目論見に加担するつもりはない。されど、この無念を晴らさずにはおれまいな。それをお前に託すのだ。八百万の神に席を連ねるお前たちにこのような愚行を強いるなど許されんだろう。これが人の業だ。」
努々忘れるな。
そうして、審神者の構えた短剣は、滑らかに、鞘に収まるように、その魂形に沈んだ。
刃の触れた箇所から、ぴしぴしと、まるで蜘蛛の糸が広がる様のごとく、その白い魂形がひび割れてゆく。
ひび割れた部分から、ずぐりずぐりと黒く染まっていくその魂形を、望月を写したはずの昏い目で見遣る。
やがて細りと響いたのは己の名。
ゆっくりと依代を持ち上げる。
例え呪詛に纏わりつかれようとも、かつて神社に祀られた神刀。
傷付きながらも、燦然と輝いたその刃は、無感情に、するりと撫でるように、どす黒く変わっていく其れを斬った。

轟音を立てて、審神者が印を刻んだ背後の扉が破れる。
雪崩れ込んだ夥しい数の刀は、その部屋に漂う呪詛に触れ、呪詛の糧として溶けた。
ごぼりと押し寄せる怨嗟と呪詛の波。
ここまでかと、天を仰いだ鶴丸は、其のとき思わず目を見張った。
南蛮の造りを取り入れたのか、そこにあったのは、木目の天井ではなく、狭く吹き抜ける空。
見上げたその先。
静かに白く輝くそれは、実に見事な三日月だった。

うっすらと目を細める。
逢いたかったなぁと、伸ばした手。


掴んだ月光は、冴え冴えと冷たかった。



1部・完
posted by ゆい@* | 【ss*】